みちのくひとり旅(後編)

翌朝も早起きして美味しい朝食を大量に詰め込み、朝7時にチェックアウト。まだ3000kmしか走ってないトヨタヤリス(昔のヴィッツ)はバックモニターやクルーズコントロールなど最新装備が満載でしたが、白線に接近するとハンドルが自動的に回避操作を行うのが気持ち悪い。車高が低いためタントに比べて格段に視界が悪く慣れるのに苦労しましたが動力性能は抜群で、法定速度内ならストレスなくキビキビ走りました。

 刈り入れ真っ最中の青森市郊外をかすめて1時間ほどで八甲田山雪中行軍遭難記念碑へ到着し、遭難が発見された場所を見学。日露戦争を想定した訓練目的で1902年1月、陸軍第8師団の歩兵第5連隊が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難し、零下20度の環境で参加者210名中199名が死亡した史上最大規模の山岳遭難事故。記念碑は立ったまま仮死状態で発見された後藤房之助伍長の銅像だそうですが、助かった方のほとんどが凍傷で四肢切断を余儀なくされたそう。秋晴れに包まれた穏やかな森が、冬には致命的な寒波をもたらすのが自然の不思議と言いますか、にわかには信じられない出来事。ただこの辺りは樹氷が有名で、厳冬期には全てのものを雪が覆い隠すそうなので、薄着で山に入った当時の陸軍の皆様には、お気の毒としか言いようがありません。

 資料館は休業中で見学できなかったのでそのままロープウェイ山麓駅へ移動し、往復¥2000の10時便へ乗車。最前席に陣取りましたが忘れていた高所恐怖症が蘇り、なかなかのスリルを味わいつつ10分ほどで山頂へ到着しました。九月なのでさすがに一面の紅葉とはなりませんが、頂上に近づくにつれて部分的に色づいた斜面は見応えがあり、展望所から青森県最高峰の岩木山や青森市街地など撮影。このまま降りても良かったのですが湿原を巡るトレッキングコースがあったので、せっかくなので1時間コースにトライ。多少のアップダウンがありましたが、写真を撮りながらゆっくり回って、八甲田連山のダイナミックなパノラマを満喫しました。重なっている(交尾?)バッタの撮影に成功しましたが、オンブバッタとは別の種類らしい。植物はエゾ松や見たことのない小さな草木など興味深く、年配のハイカーがいっぱい訪れていました。

 山麓駅に戻ってスペシャル山菜そばとご飯を頂き、おやつに茹でとうもろこし¥300を購入。とうもろこしは結局飛行機に乗る直前にかぶり付いたのですが、甘い果汁がほとばしる瑞々しい食感でした。その後は十和田湖を目指して南下し、奥入瀬渓流で撮影。九州の高低差のある渓流と違い、なだらかで道路のすぐ脇を流れているのが興味深く、遊歩道が整備されています。車を停める場所が少ないので、面白そうな流れを見つけたら路肩に停めてちょこっと撮影の繰り返し。NDフィルターを忘れたのでGR3のデジタルNDを使いましたが問題なく撮影できました。タイムリミットが迫ってきたので十和田湖でUターンし、空港でレンタカーを返却。少しだけお土産を買って、行きと同じE190で羽田へ戻りました。私が青森観光に興じている間に、なんとPACAF F-16 viper demo teamのデモフライトがあったそうですが、わざわざ青森まで来て空港から離れないというのもちょっと違う気がしたので、後悔はありません。

 コロナ禍が落ち着いて、また全国の航空祭を行脚できる日が来ると良いですね。あとは海外エアショーを撮れれば、言うことないです笑