緊急!ゴッホ展

そもそも、絵が苦手である。止むを得ず絵画を鑑賞する時には全体を見て近づいて角度を変えて、作者は何が言いたいのか考える。何が描かれているか、色は何を使っているか、光と影描写、人物の動きや表情、配置など。特に抽象画などは何が言いたいのか分からない事も多く、そのような作品が続くと「絵画って意味が分かんねぇ」という感想となり、鑑賞から距離を置く。これが私の、これまで抱いていた絵画鑑賞評でした。2021年秋に上野の東京都美術館で開催された「ゴッホ展 響きあう魂 へレーネとフィンセント」は、フィンセント・ファン・ゴッホ作品の世界最大の個人収集家であるへレーネ=クレラー・ミュラーが設立したオランダのクレラー・ミュラー美術館から収蔵品を借り受け、2021年9月から東京・福岡・名古屋を3ヶ月づつ巡回する大規模な展示会。特に興味はなかったのですが、敬愛する写真家で私も2度出展した参加型写真展「御苗場」プロデューサーのテラウチマサト氏が、ゴッホに惹かれてわざわざオランダまで写真を撮りに行かれたと知り、何で写真家がゴッホなんだろうな〜くらいの印象だったのです。

 期間が3ヶ月あると知り、入場券はネット予約できることもあって人気が落ち着いた頃にゆっくり見に行こうと2ヶ月ほったらかしていましたが、そろそろ行ってみようかと11月中旬ごろに予約サイトを開いたら、まさかの予約枠完売!何でも日を追うごとに人気が高まり、リピーターも増大しているのだとか。これはしくじったと頭を抱えていると、当日券は現在でも販売されているらしい。販売状況を伝える公式Twitterをフォローして何時ごろまで販売しているか調べてみると、平日で11:00、休日で09:30ごろ完売という感じ。私が行ける日が平日代休の12/8でしたが、万が一当日券を確保できなかった場合福岡か名古屋まで見に行く羽目になりそうだったので、絶対に取得することを目標に始発で出発。朝06:30に到着したにも関わらず当日券待ちの列は前から4番目。冷たい雨風に晒され手袋も忘れ、半泣きで耐え忍ぶ3時間弱。体が震え始めトイレももよおし、そろそろ限界かと観念した09:15に前倒しで開門、無事09:30入場指定の当日券¥2200を購入して入場できました。館内は開館直後とあって客がおらず、奇跡の貸切状態!本物のゴッホ作品と自分一人がいる空間はまるで異世界のようでしたが、絵が嫌いなはずの自分が興奮を覚えて、少しづつ鼓動が早くなります。結局この日の当日券は09:05完売で、07:30に到着しても買えたかどうかという過熱ぶりだったのですが、どうやら購入できても後の時間を指定して一旦退出した方も多かったようで、購入後そのまま入館した方は少なかったのかもしれません。私も足は靴下までびしょ濡れで冷え切った身体を温めてから入るべきであったかもしれませんが、展示はチェーン等で隔離されるでもなく、ぎりぎりまで近づいてみると波打つように重ねられた油絵の具の立体感が生き生きとしていて、ガラス細工のような妖艶な光を放ちます。買えば何億もするホンモノの絵画の魅力とはこういうものかと、自然と体が火照ってしまいました。いや、凄いです。

 展示の流れとしては初期の素描(デッサン)から始まり、色々な影響を受けて有名なひまわりやら生み出すまでの過程が語られていました。その成り立ちを紹介するために同時期の印象派ルノワールやピサロ、スーラなど、美術の教科書に載ってた作家の作品も展示されていてお得な気分。特に遠近感を強調して、自然風景や街並みを描くときにこっそりと人物やら動物やらオブジェを配置している感じは、私が写真作品に生命感を植えるために意識している構図と通ずるものがあり、そうか僕はゴッホの生まれ変わりだったのか(大バカ)みたいな誇大妄想にも浸れました。「種まく人」という作品には畑に種を蒔く農夫の姿が描かれているのですが、農夫の画角に占める配置と大きさが絶妙で、何度見ても飽きない。ちょっと違和感を覚えつつも、大きな太陽をバックに豊作を夢見て踊るように種を蒔く様子は輝かしい未来を連想させ、紛れもなく高い完成度を思わせます。写真で言うなら、テーマを決めてここぞという画角で切り取り、色温度や彩度を微調整して仕上げた逸品。ゴッホはこれを描き上げた時、歓声を上げたのかため息をついたのかは分かりませんが、写真家であれば「・・・くぅ〜ッ」という言葉にならない感激に浸っていたかもしれません。

 他に気に入ったのが「青い花瓶の花」など、点描の技巧を生かして丁寧に描き分けた花びらが綺麗で、リトグラフやら買おうか迷いましたが結局小さなマグネットで我慢。特にレーザースキャンして絵の具の立体感までコピーした「アルゴグラフ」という複製画は再現度が高く、数万円にも関わらず購入を検討したほど。特に発売されたばかりのアートマンガ「ブルーピリオド」とのコラボグッズやひまわりの缶に入ったクッキーなど、ミュージアムショップがディズニーばりの充実度で、正直おみやげ目当てに再入場した方もいらっしゃったかと思われます。色々作品の複製を飾りたい気持ちもありましたがアルゴグラフ以外は印刷精度や再現度が微妙だったので、もっと詳しく知るために図録¥2400(超おすすめ)を購入しました。総括しますと、基本的に昔から日本人がゴッホという作家が大好きで、美術音痴な私が拝見しても色彩豊かで構図も分かりやすく、素直に「いいなぁ」と思わせる作品が多かったように思います。そして写真を学ぶ者なら意識したこともある主題と三分割、陰影や見切りなど共通するテクニックを数多く発見し、ゴッホは実は写真家だったのではないかと錯覚してしまうほどですが、もちろん後世の写真家がゴッホの影響を受けたと言うことでしょう。写真の勉強のためにも、機会があれば絵画を鑑賞する習慣を身につけたいと思います。現在福岡で開催されており2022年春から名古屋開催ですが、近隣にお住まいの方はぜひ訪問をおすすめします。