雪高尾リベンジ

週末はアルピニスト野口健氏と一人娘の絵子ちゃんと一緒に日帰り登山を行うパッケージツアーに申し込んでいた。たまたま流れてきた絵子ちゃんのツィートで知ったのだが、TVを3年ほど見ていないので有名なタレントさんとは知らず、野口姓なら健さんの娘さんかなと思ったらビンゴ。ちょうど親子でヒマラヤから帰国したばかりで、そんなタイミングで憧れの登山家に会えるのは楽しみと期待していたものの、最初に申し込んでいた懇親会込みの一泊二日コースは申し込み者が少なく催行中止に。代替策として既に満員だった日帰りコースに振り替えて頂いたが、そちらも荒天のため延期になってしまったのである。

 そもそも山好きな人ならわざわざパックツアーに申し込まなくても一人でさっさと登っちゃうので、著名人とはいえお金払ってまで帯同する人は少ないのかなと思いましたが、私は私で10ヶ月ほど山登りをご無沙汰しており、今回のチャンスを非常に楽しみにしていた。荒天の理由は積雪であったが、どうにも気持ちが収まらないため、都内全域でも積雪に見舞われた翌朝、車で20分の高尾山に登ることに。実は昨年の同じ日にも大雪の高尾山に登っていて、キラキラ光る雪解け水が大変美しかった。今回は新品のスタッドレスタイヤを履いているため、昨年富士山で立ち往生したようなミスも避けられそう。装備を整えて、朝8時に出発したのである。

 京王線高尾山口駅前の駐車場は満車に近い状態で、駅周辺も登る気満々の集団がちらほら。駐車料金は¥1000で往復の電車賃より少し高いのだが、今日のように寒暖差が激しい場合は着こなしも変える必要があるため圧倒的に車が有利。氷点下でないならダウンジャケットは要らないだろうと、念の為フリースジャケットをザックに入れて、薄手のレイヤーを重ねる。持ってきたのり弁を平らげて、昨夜モンベルで買ったゴアテックスのゲイターと、ストームクルーザーにレインハットという完全防水装備で歩き始めたが、せっかく雪山に登るので何かフィギュアと一緒に撮りたいなと思っていたら、ケーブルカー清滝駅のガチャガチャで可愛らしいツノネコを見つけたので購入。チェーンスパイクはギリギリまで使わないつもりで温存し、2本のカーボンステッキは体力温存のため最初から使用、カメラマン用の指出しグローブも装着して、昨年同様6号路から登山を開始した。

 鹿児島育ちの憧れは膝まで埋もれる雪ラッセルだったが、それができたのは昨夜3号路にトライした猛者だけで、朝まで降った雨の影響もあり足元は泥と雪のぬかるみでぐちゃぐちゃ。昨年は昼から登ったため道中はずっと溶けた雪が雨のように降り続いていたが、今日は樹上はほとんど溶けておらず、クリスマスのもみの木のような景観を楽しみつつ歩みを進める。鳥のさえずりは聞けなかったが、雪解け水で勢いを増した渓流のせせらぎが生命力を感じさせる。人間関係や都会の圧力に疲れた人はぜひ山に登る事をお勧めする。山は自分と向き合える。完全に自己責任の世界で、ケガも達成感も自分だけが引き寄せる。一歩一歩に集中して黙々と歩みを進め、しんどくなったら立ち止まって周りを見渡す。撮影や携行食、水分補給でリフレッシュして、また上を目指す。まるで人生の縮図ではないだろうか?

 道中では数多くの雪だるまに、雪に埋もれて楽しむ人、自撮りや風景を撮る人などいらっしゃる中、半袖短パンで駆け抜ける方も。楽しみ方はそれぞれだが、都内では珍しい大雪をエンジョイしているのは間違いない。日が昇るにつれて溶ける速度も上がり、雪解け水は勢いを増す。さららの淀みは赤ちゃんが初めて聴いた音、母の胎内の音色のようで、陽光に煌めくとこの世の景色ではない様な美しさ。こうやって私たちは産まれてきたのかと疑似体験さえ覚えてしまう。飛び石の下流は泥水であったが、登るに連れて濾過されていく。これは飲めるかもなと期待しつつも、流石に清潔ではなさそうなので辞めておいた。屋久島を思い起こさせる産まれたての清流であった。

 最後の階段もサクサク登って、照り返しの強い頂上へ着いた。ロープウェイや1号路の旅人は普段着にスニーカー。むしろ私の様なガチ登山装備より多いかもしれない。布靴をぐちゃぐちゃに濡らして雪遊びに興じるのも、子供の頃に戻った気分でいいだろう。そして今日の富士山は凄かった!目撃した人は思わず歓声を上げる。わ、スゲェ!綺麗ねと。とんでもないご褒美が待っていたのだ。絶景を前に持参したお湯でカレーメシと卵スープを調理する。昨年は美味しかったとろろ蕎麦を食べるつもりがオフシーズンで営業しておらず涙を飲んだが、それが良い経験値となった。聞くだけ野暮、美味しいに決まっておろう!予想外だったのは全然量が足りず、携行食のバナナと魚肉ソーセージでなんとか腹を満たした。二食分くらいは持参すべきだったかもしれない。

 帰りは4号路を降りるつもりが反対方向の5号路へ進んでしまい引き返す羽目に。結局1号路以外全ての道を歩いてしまい、膝までめり込むような雪量を期待していたのだが大半が泥だらけのぬかるみであった。まぁ降ったのは1日だけだったので仕方ないし、下山したら嘘のように雪は消滅してしまっていた。それでも1日限りのイリュージョンは、明日への活力を育む絶好の機会であった。