登山が好きか?と聞かれると、おそらく「いや別に」と応えるかも。学校行事としては、小学校で高千穂峰、中学校で中岳登山が遠足でしたが、あの頃は険しい道のりであったとしても、装備は水と弁当だけ。詳しくは覚えておりませんが、体力もあって体重も軽く、友達と楽しみながら登っていた事でしょう。
大人になってから登った山は、2001年の初日の出を山頂で迎えるために、妻と登った韓国岳。決して山登りが好きなわけではないのですが、記念日とかメモリアルイベントが大好きなので、21世紀最初の日の出は高い所から二人で見ようね!と、メルヘン目的ながらも深夜登山という思い切ったチャレンジ。幸いにも同じことを考える登山者が多かったので道に迷う事はなかったものの、久しぶりなので下山がキツく、膝や足首がガタガタに。ある意味下山恐怖症に囚われてしまったのです。
研修で東京に1ヶ月ほど住んでいた事がありまして、見極めの試験を終え、帰郷前の記念に登っちゃおうか?と思いついたのが、2009.7.13の富士登山。道具が何もないので、都内のアウトドアショップを暇暇で探索し、靴、ザック、レインウェア、スパッツ、トレッキングポール1本などを調達しました。新宿から高速バスで御殿場駅に着いた時点で酸素の薄さを実感し、肩で息をしながらホテルまで歩く始末。高地順応どころの話じゃないなと不安が募りましたが、用意した酸素缶を使う事もなく無事登頂。山頂からのご来光やお鉢巡り、須走口名物砂走りなど楽しめました。焼き印を押した金剛杖がいい仕事をしました(帰りの五合目で、飛行機に持ち込めるようにカットしてくれる)が、水が足りず脱水状態でのゴールに。準備として多めの飲料水とトレッキングポール二本持ちが、記憶に刻まれました。
単身赴任で2ヶ月ほど大分に住んでいたのが2019年春ですが、電車を撮りに頻繁に湯布院まで出かけていて、いつも仰ぎ見る山がありました。別名豊後富士と呼ばれる、二つの頂を冠した由布岳は美しく、引き込まれるような魅力に取り憑かれたので、大分を離れる記念に登ってみることに。だいぶご無沙汰ではありましたが富士山をクリアした自信から、大した事ないであろうと単独で挑んだ結果、これが地獄の一丁目で、初めて山で「◯ぬかも」と諦めました。鎖場や障子戸トラバース(垂直な絶壁の水平移動、カニのヨコバイ)という、ガチなロッククライミングを初めて経験し、西峰から東峰に至るお鉢巡りの、垂直にそびえ立つナイフリッジには、疲れのピークも重なって心が折れました。お鉢巡りは上級者向けコースらしく行き交う人が少なかったのですが、見えない足場の位置を指示して下さった天使が現れたおかげで、これも無事故で下山しました。
振り返ってみると私の登山ブームは、10年くらいの周期で高まる模様です。先月念願の開聞岳をクリアし、コロナ禍による非常事態宣言も解除されたので、今週はミヤマキリシマ咲き誇る高千穂峰に挑みます。高千穂峰は小学校以来で、たしか霧島連山では一番険しい道程だったような気がするのですが、今回は靴と靴下を新調し、ダイエット目的のトレーニングをかなり積んだので、楽ではないにせよ何とかなるのではないかと思っています。また、昨年御池から高千穂峰を撮った写真で南日本写真展の特選表彰を頂いたので、御礼参りの意味合いもあったりしますが、結局何のために山に登るのかと言いますと、写真家として、誰もが行けない場所に立ってカメラを構えるという目的があるから!絶景を夢見て重い機材と体を山頂まで運び続ける自分に、拍手を送りたいものですね。