ハービー・山口さんのお話

新宿のアイデムフォトギャラリーシリウスにて2022/1/6〜19まで開催された、写真家ハービー・山口さんの個展「50年間の移ろいの果てに」へ行ってきました。帰省疲れで体が重く、行きたかったいくつかの写真展をスルーしてしまったモヤモヤを抱えながらtwitterを流していると、ご本人より本日在廊とのコメントを発見し布団から飛び起きてスクランブル発進!怠惰な心身に喝を入れていただこうという目的で、会場へ向かったのであります。実のところハービー・山口さんの事はお名前くらいしか存じ上げなかったのですが、会場では20名ほどの観覧者が小柄なハービーさんを囲んで、作品解説の真っ最中。これはチャンスとばかり最前列に潜り込み、じっくりとお話を聴かせて頂きました。今回のテーマは50年前の写真と現在の写真を上下に並べて配置して時間の差を味わうという趣旨でしたが、50年前の写真でも古くささを感じられず、現在と同じように若くてエネルギッシュな脈動を感じることができました。ハービーさんは幼少期に脊椎を患い、ぎっくり腰の様な痛みに耐えつつコルセットを巻いて通学、体育の授業は全て見学という青春時代を過ごしたそうです。成人して病気が癒えてからはロンドンへ渡り、音楽や演劇を通して知り合った方々と交流しながら写真を撮って「PUNK」な時代を過ごしたとか。動きにくい世の中の風潮や逆境に全力で立ち向かう熱い情熱を体験されたのかもしれません。新型コロナウイルスに怯える現在でも、ワクチン打たざる者は人に在らずという同調圧力を前に、副作用の原因や将来的な疾患も解明されない中絶対に打たないという方もいらっしゃいます。私は業務命令を受けて接種しましたが、打たない方は「PUNK」だなぁと、カッコよく見えることもあります。

 最初に共鳴した言葉は「被写体とあなたの間にあるものはあなたの心」。勝手に涙がブワっと溢れてきて、疲労と散財で写欲が折れかけていた自分の心に再び熱が入った、確かな感覚を覚えたのです。ポジティブで生きる希望を得られるような写真を撮り続ける事を決意したハービーさんの波動が、私の波動と結びついた瞬間でした。私は普段、自分自身が感激するために写真を撮りますが、ポートレート(肖像写真)に関しては、撮られる方が喜ぶような撮影を心がけています。私も幼少期あまり良い思い出がないので、相手の顔色を伺いながらへり下りつつマウントを取りに行くという小癪な態度で、自分の欲求を満たす努力を続けました。大学に入学して一人暮らしを始めてからは好きな事に注力できる環境が整い、バイクのためにバイトで貯金し、金が貯まれば旅に出掛けて、とりあえず故郷の鹿児島から出来るだけ遠ざかりたい一心。卒業後帰郷し、親を安心させるため名の売れた会社へ入ったものの半年で挫折し、続いて入った興味ある職種の会社はブラック企業。それでも妻と巡り会えたり新しい技能を取得するなど温かい人間関係に囲まれて6年半勤務ののち、ふとしたきっかけで独立開業。事業はもうすぐ20年目に突入しますが、こちらも山あり谷あり紆余曲折。何が言いたいかと言いますと、しんどい経験こそが優しさを求めるという事です。

 ハービーさんの信奉者は彼の写真に「優しさ」を感じるそうで、私は僭越ながら、私の作風も似てるかもと思ってしまいました。写真の中だけは、この世の美しくて温かい側面を残したい。冷たく汚い側面は見たくない。両面を知ったからこそ、このような表現に至ったのかも。そして辛い立場にある方には、写真で希望を掴んで欲しい。そんな願望があります。そしてモノクロ写真からは色彩が抜けて明暗の描写だけが残るのですが、彼が愛するライカとノクチルックスという合計200万オーバーの機材は「自分に勇気を与えてくれるカメラ」だそうで、「ライカを持ってたから撮らせて貰えた」こともあったのだとか。開放値F1.0というレンズの明るさは人間の瞳と同じだそうですが、確かに背景の抜け方が素晴らしく、見る人が見ればライカで撮ったとすぐ分かるのかも。200万円はなかなか高額ですが、逆に200万あればこの世の最高の機材とステイタスを得られるのなら、費用対効果は納得できそうな気がします。私はミラーレス化の時流に抵抗し、一眼レフを作り続けるPENTAXと心中しそうな勢いですが、いずれ軽くて写りの良い小さなカメラ一つだけを相棒に、ささやかな日常を撮り続けるスタイルには憧れます。

 作品解説にはそれぞれにエピソードが詰まっていて、まるで映画を一本撮ったかのようなドラマがありました。出会いを重視されていて、ピンときたら撮る、または撮影交渉を行うというスタンス。礼儀を持って接し、紹介できる機会があればSNSやラジオで宣伝し、知り合った方の未来に光を灯す。ハービーさんのお陰でブレイクした方がたくさんいらっしゃるようですが、無意識に光を求めて彷徨う波動がハービーさんを引き寄せ、その世界に引き込まれたということなのかも。年男で72歳を迎えられたそうですが、私の父親と同世代で同じく年男。24年後にこのような、若い方にも影響を与えられるような存在になっていたいなぁと憧れます。自分らしさを大切にすることが大切で、「撮りたいものを撮るのがPUNK」のエピソードを基に、まだ発売前にも関わらず購入させていただいた「人を幸せにする写真」には「STAY PUNK!」のお言葉を頂きました。帰りの電車がたまたま西武線拝島ライナーという、田無からは普通料金で乗れる特急だったので、広いシートにゆったり座りつつ著書を拝読。充実のひとときを過ごしました。

 後日訪れたスーパーラボストアでのトークショーでは、写真とどのように付き合うか具体的な手法についてお話がありましたが、やはり展示をすることで客との会話と出展者同士の出会いを楽しみ、交流の輪を拡げるべきだと仰いました。ハービーさんは九州産業大学の客員教授をなさっていらしたそうですが、私が出展した写真展「御苗場」にも同大から出展している学生さんが高評価を得ていたのでどんなことを教えていらっしゃるのですかとお伺いした所、技術面ではなくて精神的なことだったそうです。ちなみにトークショー会場のスーパーラボストアは写真集専門の美術館といったような品揃えで、ハービーさんの作品の他にも森山大道さんなど著名な方の作品を手にとって閲覧できるのが素晴らしい。さすが本の街神田ですね。もう少し暖かくなったら写真を撮ることになるかと思いますが、あっいいな!と思える写真を量産できる様になりたいし、そのためにどういったアプローチをすべきだろうか、引き続き勉強させていただきたいと思います。